Scene 1 京都のホテル

22時半にベッドに入って目を閉じて、目が覚めたのが0時、2時、5時。
よく眠れない。
5時に目が覚めた時点で寝るのを諦め、テレビをつける。ニュースにチャンネルを合わせると、天皇賞の枠順が映し出された。

「…天皇賞三連覇を目指すメイショウサムソンは五枠九番、昨年の菊花賞馬のアサ クサキングスは八枠十三番、天皇賞父子四代制覇がかかるホクトスルタンは三枠 四番となっております…」

キャスターの声に思わず苦笑。たしかにそれは事実だけど、まだオープンにあがったばかりの馬よ? 人気もこの時点で四番目だし、少し期待され過ぎなのでは。 過度の人気に戸惑いつつも、多くの人がこの重賞未勝利馬に注目しているという 事実を嬉しく思った。私が前日眠れなかったのも、この馬―ホクトスルタンが原 因だしね。

Scene 2 京都競馬場

ホテルを出て、競馬場へ向かう。
京阪電鉄の淀駅に着くと、既にたくさんの人がいた。
春の天皇賞の時の京都競馬場が日本ダービーの時の府中、有馬記念の時の中山ばりに混んでいるのはテレビで知っていたが、体感するのは初めてで、改めて目の当たりにすると圧倒される。
前日、京都は真夏日を記録したが、今日も陽射しが強く暑くなりそうだ。この日は同行した方のご好意で、指定席で観戦することができたが(Rさんありがとうございました)、 この気候にこの人混みの中、寝不足の体で観戦したらきっと倒れるかも知れないなとちょっと恐怖を覚えた。

「暑い日は芦毛が有利」
ふと、そんな言葉を思い出す。
ホクトスルタンの白い馬体を思い浮かべた。

Scene 3 ビッグスワン6階 ラウンジシート

この日訪れた指定席は、新幹線のシートのようなものがずらりと並んでいる。座 席にはモニターがついていて、そこからレースを見ることができる。しかし座席 は室内の奥の方に並んでいるため、座ったまま生のレースを見ることはできない 。生で見たければ、バルコニーのようになっている屋外観覧エリアに降りなければなら ない。何だか不思議な席である。

モニターには、過去の天皇賞の模様が映し出 されている。オグリキャップブームの頃から競馬を見始めたものの、1996年辺り から10年ほど競馬から離れていたため、この辺りの天皇賞の記憶が全く残ってい ない。記憶を埋めるように過去のレースを見る。見てい て改めて思ったが、天皇賞というレースはとても面白い。3200メートルという長 丁場のため、馬同士の駆け引きが見えてわくわくする。やっぱり私は春の天皇賞 が大好きだ。

この馬はこう走って勝ったのかとか、この馬ここから抜いたの?と、納得したり 驚いたりしながら見ていると、2004年の天皇賞が映し出された。この天皇賞、記 憶に残っているファンも多いと思われる。イングランディーレという10番人気の馬が大逃げ を図り、人気薄故にいずれバテるだろうと誰にもマークされないまま、二着のゼンノロブロイに七馬身差 をつけて逃げ切ってしまったレースである。 話には聞いていたが、こんな圧倒的な逃走劇を繰り広げていたとは。 イングランディーレの見事とも言える逃げ切り勝ちに、しばし興奮を隠せなかった。 そういえばイングランディーレの鞍上は、横山典弘騎手だそうで……あの時のイングランディーレよりずっと人気が高いから、 きっとマークもきつくなるだろうけれど、それでもついあのレース運びを、ホクトスルタンに期待してしまう。


そうこうしているうちに、パドックに第一レース出走の馬が現れたので、とりあえず天皇賞の馬券を買うことにした。 もともと馬券はそれほど買わない方だが、今日はホクトスルタンの応援馬券と、ホクトスルタン流しのワイド、そして 母に頼まれた枠連5-8以外は 一切買わなかった。どうもホクトスルタン以外の馬券を買う気になれなかった。

改めて席に着き、ぼんやりとレースを観たり天皇賞の追い切りを観たり、ゲストのボクシングの内藤大助選手が、 ホクトスルタンを本命にしたのを喜んだりして過ごす。それにしてもこのシートは、ふわふわと眠気が襲う体をうずめつつ競馬を観るには最適だなと、ふと思った。

Scene 4 スタンド前

競馬場に入って五時間経過。もともとじっとしていられない性分なので、指定席から離れ外に出てみた。



京都競馬場のシンボル、白鳥もたくさんいた。とてもかわいい。




一通り回って指定席に戻り、屋外観覧エリアに降りる。そして四コーナーを見る。どこの競馬場でも、四コーナーが一番好きだ。

しかし京都の四コーナーを見ると、いつも何とも言えない怖さを感じる。 内コースと外コースが重なって、他の競馬場に比べて広く見えるのが原因らしい。あの広さが不安を掻き立てるのだ。 あの広いコーナーに飲まれ、馬が無事ゴールできないのではないかという不安。 ライスシャワーはこの手前で倒れ、ゴールに到達することができなかった。それも頭にあるので、尚更不安になる。 ああ、どうか今日の天皇賞は皆、無事にゴールできるように。どうか馬を飲み込まないように。馬券が外れるより、馬が無事にゴールできないことの方がずっと悔しく悲しい。

Scene 5 パドック


10レースの馬が本馬場へ移動し、パドックに沈黙が走る。天皇賞の出走馬を見るために人が集まってくる。緊張がピークに達し、 カメラを持つ手が震える。競馬を観るのに、こんなに緊張したことは今まであっただろうか。去年のダービーの前も確かにドキドキしたが、 ここまで緊張はしなかったと思う。自分が走るわけでもないのに、心臓が喉から飛び出そうだ。


10レースの発売が締め切られ、 出馬表が天皇賞のものに変わる。三枠四番ホクトスルタン 516キロ プラス6キロ。震える手に力を込め、 出馬表をカメラに収める。

準メインがスタートしたのか、場内が少しざわついた頃、天皇賞の出走馬がパドックに現れた。三頭はすっと出てきたが、 四頭目のスルタンがなかなか出てこない。どうしたのだろう。心配になったところでようやく姿を現した。

もともと気性の荒いスルタンは、厩務員さんと調教助手さんの二人に引かれ、出だしからチャカチャカしている。胸が熱くなり、涙がにじんだ。 それでもスルタンの雄姿をカメラに納めようと、一生懸命シャッターを押すも、 緊張と興奮で思うようにピントが合せられず、ひどい写真を量産しまくった。ピンボケやブレのひどい写真を量産していると、 後ろに立っていた男性が、一緒に来ていた仲間に向かってこう言った。

「あれがホクトスルタンかぁ。本当にマックそっくりやなあ」

手が止まり、涙が溢れる。

メジロマックイーン。恐らく現時点で、一番思い入れのある馬。
「どんなに人気がなくても、芦毛は必ず買う」というポリシーも、「G1レースで審議の青ランプが点るのがとても怖い」というトラウマも すべてこの馬がきっかけである。現役時代からもちろん好きだったが、 種牡馬としての成績があまり芳しくないのを知ってから、ますます応援したくなった。 2006年春の訃報は、あまりに悲しくて泣くこともできなかった。ひとつの時代の終焉を感じた。
でも、マックイーンはそこで終わらなかった。 マックイーンの訃報の半年後、マックイーンと同じ色の産駒がデビューした。私がその馬を知ったのは、それから一年後のことだった。
2007年神戸新聞杯。テレビで競馬を観ていたら、芦毛の馬が元気に走っているのが見えた。 先ほども書いたとおり芦毛は無条件に応援するポリシーなので、その馬の走りを見届けることにした。 向こう正面に入ったところで、実況のアナウンサーが言った。

「…二番手はホクトスルタン、芦毛の馬体は父・マックイーン譲りです…」

マックの仔?!

鬼籍に入る少し前から、年々産駒が減っているのは知っていたので、まさか菊花賞トライアルにマックイーンの仔が出ているとは 夢にも思わなかった。しかも父親と同じ芦毛だし!
この日は馬券も買っていないのに、直線に入ってからはずっと 「マックの仔がんばれ!マックの仔がんばれ!」と、テレビに向かって叫んでいた。
あの時四着だったあの馬が、今こうして 天皇賞のパドックに立っている。その現実が途方もなく嬉しかった。

Scene 6 ビッグスワン6階 屋外観覧エリア

パドックから戻り、席に座らず観覧エリアに出る。カメラと、数日前実家で見つけたメジロマックイーンの冊子を持って。 1991年の天皇賞、メジロマックイーンで優勝した武豊騎手が北野豊吉氏の遺影を掲げたように、 今日はマックイーンの写真を掲げてレースを観たいという思いがあった。ちょっと恥ずかしいけれど。

本馬場入場の、威勢のいい音楽が聞こえる。スルタンは本馬場でも興奮気味。 他の馬がすんなりと返し馬に入る中、京都の直線コースを逆走して横山騎手になだめられる。 危なっかしい感じだが、それでもスルタンがスタンド前に来ると、大きな歓声が沸きあがった。

ターフビジョンに輪乗りの様子が映し出された。ホクトスルタンは同期のアサクサキングスと歩いている。 だいぶ落ち着いてきたようだ。少し安心する。ファンファーレが鳴り、ゲート入りが始まる。 天皇賞よりいくつか前のレースで、ゲート内で馬が暴れ、やり直しが発生していたので、 順調なゲート入りにまた安堵する。スルタンも問題なくゲートに収まる。

一瞬の沈黙の後、ゲートが開いた。スタート。

アドマイヤジュピタが出遅れる。一方スルタンは勢いよくゲートを出て、ハナに立つ。 上にも書いたが、今日のスルタンはパドックでも本馬場でも興奮気味だった。 いつもレースの時は楽しく走っているように見えたので、今日はご機嫌斜めなのかしら、走るのが嫌なのかしらと心配していた。 でもゲートから出てきたスルタンは、いつものスルタンだった。今日も元気に先頭を走る。真っ黒なたてがみと、半分以上真っ白な尻尾を ふわふわなびかせて、いつものように気持ちよく逃げる。それだけで満足だった。それだけで今日の天皇賞は良いレースだったと思えた。

一周目。直線コースを馬群が横切る。ホクトスルタンは後続に少し差をつけ、先頭を駆け抜ける。歓声があがる。 「この順位のままゴールまでいってくれ」という声も聞こえた。
向こう正面に入り、少し動きが出てくる。三連覇を目指すメイショウサムソンが、外からじわじわと上がってくる。 アサクサキングスが前方をマークし、チャンスを窺っている。パドックでは非常に良く見えたポップロックが、少しずつ後退してゆく。 スルタンは…逃げている。まだ逃げている!

二回目の四コーナーを回る。飲み込まれそうな錯覚に陥り、一瞬ぞくっとする。でも大丈夫、誰も飲み込まれず駆け抜けた。 アサクサキングスが、真ん中を通って先頭に立とうとする。その外を、出遅れたアドマイヤジュピタがすごい勢いで伸びてきた。 さらにメイショウサムソンが、アドマイヤジュピタとアサクサキングスの間を抜け、一気に先頭に立つ。 しかしアドマイヤジュピタがもう一度抜こうと追いかける。よく見ると、大外からアドマイヤフジとアドマイヤモナークも飛び込んできた。 最後の直線で接戦が繰り広げられる中、私はずっとスルタンの名前を叫んでいた。いや、スルタンの名前だけではない、 父親のマックイーンの名前も叫んでいた。スルタンは…スルタンは?!



一瞬、芦毛馬が先頭で逃げ切る夢を見た。



そして『現実』がターフビジョンに映し出された。
でも、私はこの『現実』を笑顔で受け入れることが出来た。

かつて愛した馬がターフを去り、間もなく私は競馬から離れた。
10年後、何かの縁でまた競馬を観たら、かつて愛した馬の子供がいた。
「この馬を応援したい」と心から思った。

このタイミングで競馬ファンに戻れたことに、
ホクトスルタンという馬に会えたことに、
そして、第137回天皇賞を京都競馬場で観戦できたことに、

ただただ、感謝いたします。

2008年5月4日(日)
天皇賞(春)(GI) 京都競馬場
芝・右・外 3200m サラ系4歳上 オープン (国際)(指定) 定量

1 14 アドマイヤジュピタ 牡5 岩田康誠 3.15.1
2 8 メイショウサムソン 牡5 武豊 3.15.1 アタマ
3 13 アサクサキングス 牡4 四位洋文 3.15.5 2 1/2馬身
4 4 ホクトスルタン 牡4 横山典弘 3.15.6 3/4馬身
5 2 アドマイヤフジ 牡6 川田将雅 3.15.8 1 1/4馬身

inserted by FC2 system